Ｗ杯抽選がマルセイユで行われた１２月４日のル・モンド紙の一面トップ記事は「トヨタがフランスを選択し自動車業界で少なくとも2,000人の雇用創出」であった。

　そして、１２月９日朝、ジョスパン首相とトヨタの奥田社長が会見し、トヨタ欧州第２工場のフランス北部オナン建設が公式に発表された。午後、奥田氏は、オーブリィ労働相と共にオナンの街を訪問し、熱狂的歓迎を受けた。当日は一日中ラジオ・テレビ共にトヨタ関係がトップニュースであった。

　翌１０日のフランス・ソワール紙は、「トヨタ」が一面トップ記事で、見出しには「歓迎」や「いらっしゃい」などの日本語が踊っていたほか、日の丸を振るオナンの街の小中高生の写真や、オナン工場で生産予定の小型車ファンタイムの写真が紙面を飾った。

　同日発売の週間風刺新聞ル・カナール・アンシェネ紙でも一面トップ記事で扱われ、見出しは「ルノーとプジョーが寿司（スシ）を作っている」で、「心配の種」に相当するフランス語「スーシ」との駄洒落であった。　

　続く同紙の記事のタイトルが「ヒロシ・モン・アムール（ヒロシ我が愛）」となっていた。ここでは、アラン・レネ監督の名作で、広島を舞台に日本人男性とフランス人女性の行きずりの恋を描いた映画『ヒロシマ・モン・アムール（広島・我が愛）』（邦題『二十四時間の情事』）のタイトルに、奥田氏の名前「ヒロシ」がかけられている。さらに漫画は、ジョスパン首相が赤絨毯の上で奥田氏を迎え、「トヨタ車の排気ガスは我々の鼻には香水です」と挨拶するという内容であった。

　週の法定労働時間を社会党政権が３５時間に短縮する見通しであることや高賃金体系といったフランスの状況にもかかわらず、多くの候補国、候補地の中から、最終的にフランス北部オナンを選択したトヨタの奥田社長は、８日夜シラク大統領にエリゼ宮に招かれるなど、一国の元首並みに歓迎を受けた。一方で、各メディアには、ルノーが、オナンからそう遠くないベルギーのビルボルドの工場の閉鎖したときに、何故ここまでトヨタを歓待して、巨額の補助金を支出しようとするのか、と言った批判的論調も目についた。

　会見で奥田氏の名前を「ムッシュ・トヨタ」と言い間違えるなどやや緊張気味のジョスパン首相に対して、横で悠然とした奥田氏。　そのときの奥田社長の後ろ髪の見事にはねあがった寝癖が、トヨタの余裕と自信を象徴しているように（？）感じられた。